事実の重み 2007年10月
日もすっかり短くなり、秋の深まりを感じる季節となりました。
先日兄の結婚式で沖縄に行ってきました。こちらは朝夕の冷え込みを感じますが、沖縄は30度近い気温で改めて日本の南北の長さを実感したところです。

さて、沖縄と言えば、「沖縄戦における住民の集団自決を日本軍が強制した」との記述が教科書検定で削除された問題をめぐり、9月末に大きな県民運動が起きたことをみなさんもご記憶だと思います。
ご存知のように、沖縄の経済は3kによって支えられていると言われています。つまり、「基地・観光・公共事業」です。このうち公共事業については、小泉政権によって全国的に発注額が激減し、沖縄もその例外ではありません。付け加えれば、沖縄の失業率は本土の約2倍です。
このような状況の中、いま若者に一番人気がある就職先は、「基地」で働くことだそうです。給料も待遇もいいからです。

沖縄は面積からすれば日本のわずか0.6%を占めるに過ぎませんが、在日米軍に関しては、実にその75%が沖縄に集中しています。基地の集中によって毎年事故や犯罪が発生し、基地の縮小を望む声は大きなものがあります。

しかしその一方で、沖縄経済の多くの割合を基地が支えているという皮肉な現実が、基地問題の根底には流れています。
同時に、それらの現実を肯定する余り、歴史を訂正しようとする動きが最近よく見受けられます。戦後60年以上にわたり平和を享受してきた日本において、基地と共存しながらも戦争の悲惨さを訴え続けてきた方たちがいます。

戦争を直接体験した方々は、近い将来一人もいなくなってしまいます。その避けられない流れの中で、私たちは「歴史の事実」をしっかりと語り継がなくてはいけないと思うのです。

冒頭の教科書検定の意見書については、現地調査及び戦争体験者からの聞き取りは全く行われない中で、「強制なし」の結論が下されていたことが明らかになりました。
「事実の重み」は都合よく変えられてはいけないのです。
矢作新報10月26日付け「時々刻々」に掲載