駅伝と世代間倫理 2008年2月
先日、三好町で新春マラソン駅伝大会が開催されました。三好町は、昨年12月に開催された「愛知県市町村対抗駅伝競走大会」においても町村の部で優勝するなど、実力のある選手も多く、私も大会を楽しみにしていました。

私自身、高校時代に陸上部に所属し何度も駅伝の応援に駆けつけていますが、選手それぞれが自らに打ち勝ち、想いと期待のこもったタスキをつないでいく姿は、何度見てもすがすがしく、見る者に感動を与えるものです。
さて、私たちの社会には、駅伝で次の走者にタスキを渡すように、私たちの世代が次の世代へタスキを渡さなくてはいけない、世代を超えた課題が数多くあります。

環境問題、特に地球温暖化の問題や石油資源の枯渇などは、まさにその典型ですが、いま世界中でこうした問題に対する議論や具体的な取り組みが始まっています。

アメリカの大統領候補の予備選においても、ヒラリー・クリントン氏がアメリカのCO排出量を1990年比で80%削減する必要があると表明しています。その根底にあるのは「世代間倫理」という考え方であり、その考え方を継承発展させた「持続可能な開発」という行動指針です。
世代間倫理とは、簡単に言えば「現在の世代は、未来世代の生存の可能性に対しても責任を負う」というものです。つまり、今私たちが生活している環境や利用している資源を、過去の世代からの贈り物だとすれば、私たちも同様に、次の世代へ同等の環境や資源あるいは代替エネルギー等を贈ろうではないかということです。

そして同時にそれは、自分たちの世代のことのみを考え、環境を汚染し資源を浪費すれば、私たちの生存している世代においても深刻な影響が避けられないということでもあります。

いま確実に社会全体の発想は転換しつつあります。
「いつか私たちに続く世代が、遅く生まれすぎたことを後悔しないように」、私たちも小さくても具体的な一歩を踏み出すことが必要なのではないでしょうか。
矢作新報2月15日付け「時々刻々」に掲載