ハンセン病と人の尊厳〔下〕 2008年5月
 まもなく7回目の5月11日を迎えようとしています。7年前のこの日は、熊本地裁において、国のハンセン病政策を根底から覆すことになる隔離政策違憲判決が下された日です。

 東京の東村山市にある国立ハンセン病資料館には、この国家賠償請求訴訟に至った経過や裁判でのやりとりが詳細に記録された展示室があります。そこに原告団(元患者の方々)が、裁判を通じ自分たちは何を求めているのかを書いた寄せ書きが保存されています。

 その寄せ書きのちょうど正面に書かれているのが、「人として生きるために」という言葉です。長く不当な人権侵害をただ耐えるしかなかった無念さと、それを打破しようとする固い決意に、いつ見ても涙が溢れてくる言葉です。裁判で原告側が全面勝訴となり、国の政策は大きく変わりました。しかし、容易に変わらなかったのは、人の心です。
 判決後、入所者の方は次々と家族との再会や社会復帰を果たしていきます。高齢化が進み、あまりにも遅すぎた自由であったとしても、元患者の方々の心は喜びと勇気で満ちていたと思います。

 そんな中、黒川温泉宿泊拒否事件が起こります。元患者の方の宿泊を「他の客の迷惑になるから」と拒否した事件です。この事件は、社会に差別偏見がなお根強く残っていることを浮き彫りにしましたが、問題は宿泊拒否にとどまりませんでした。
 事件報道後、世論からの激しい抗議を受け、旅館側が謝罪をしました。しかし、当初「会社の判断」として宿泊拒否していたものが、「担当者の判断」に変えられた上で、「配慮を欠いた」として謝罪をしたため、元患者側は謝罪文の受け取りを拒否しました。すると今度は、元患者側に「いい気になるな」と猛烈な抗議が寄せられたのです。

 「差別される側は弱い立場であり続ければ同情してもらえるが、声を上げればつぶされる」という元患者の言葉は、その構造を超えるために私たちが何をしなくてはならないのか、ということを問うているのではないでしょうか。
矢作新報4月25日付け「時々刻々」に掲載